小林聖心女子学院ブログ 小林聖心
女子学院
ブログ

丘の学び舎 その123

2022年11月28日 校長室より

11月もあとわずかとなりました。そして、教会では、昨日から、イエス・キリストのご降誕を待ち望みながら心の準備をする、待降節が始まりました。教会の暦の上では新しい一年が始まったことになります。

学校では、今週から、12年生を筆頭に、後期中間考査が始まりますので、クリスマスに向けての本格的な準備が始まるのは、試験明けということになります。それでも校内のムードは待降節そのものになってきました。決して巷のイルミネーションやサンタさんというわけではありません。

待降節といえば、小林聖心ではリースです。一週間ごとに明かりが灯されます。ろうそくは赤ではありません。待降節の本当の色は、紫とピンクです。紫のろうそくが3本と、ピンクのろうそくが一本立てられます。それぞれの色には意味があり、それぞれのろうそくに明かりが灯される日曜日にも、意味があります。

そして、待降節を特徴づけるのは、何よりも静けさです。クリスマス自体は救い主をお迎えする大きな喜びのお祝いですが、救い主は、誰も気づかないような方法で、そっと来てくださいました。ですから、心の静けさを保ち、目を覚まして、気づくことができるよう、準備する必要があります。「クリスマスと言ったら、静けさ」とは、小林聖心の卒業生が、皆、口にすることです。

今年の待降節も、思いがけないところに、思いがけない方法で来てくださる救い主、神のひとり子イエス・キリストを見出だすことができますように、希望のうちに心の準備をしながら、主のご降誕を待つことにいたしましょう。

 

丘の学び舎 その122

2022年11月21日 校長室より

先週の金曜日、小学校、中高とも、朝礼で、聖フィリピン・デュシェーンのお祝いをしました。聖心女子学院で2番目の聖人です。49歳で未知の国アメリカに渡り、フランスで始まった聖心女子学院を、世界に広げる先駆けとなりました。やがて、北米から、南米へ、そしてオーストラリア、日本へと、シスターたちが海を越えていきました。
今でも、アメリカ西部開拓の拠点であったセントルイスの博物館では、開拓者のリスト最上段にフィリピン・デュシェーンの名前を見出すことができます。開拓に携わった女性です。しかし、本当のフィリピンの偉大さは、70歳を過ぎてから、念願のポトワトミ族(アメリカ先住民族)の居留地に赴き、彼らと生活を共にしたことです。いったい何がフィリピンの心を動かしていたのでしょうか。
今年度の学校目標、「Courage and Confidence」は、まさに聖フィリピン・デュシェーン生き方を表しています。フィリピンにとっての「勇気」とは「越えていく」ことだ、という話を中高生にしました。
フランス革命で人生の方向が覆されたにもかかわらず、新しい生き方へと一歩を踏み出していったこと。大西洋の荒波を越えて、自分の慣れ親しんだ文化や環境、言語を越えて、全く未知の世界へと入っていったこと。思い通りに物事が進まないことや、日々の苦労を乗り越えて、ひたすらみこころの愛を伝えようとしたこと。そして、長い間待ち続けて、ようやく念願のポトワトミの地へと赴き、言葉もわからず、役にも立てないという無力感を越えて、祈ることを通して、ポトワトミの人々に神様の愛を伝えたこと等。一つ一つ、乗り越えることの連続でした。
この勇気を支えたのは、神様への深い信頼、神様が自分を遣わしてくださっているということへの限りない信頼以外の何物でもありません。この聖フィリピン・デュシェーンの「Courage and Confidence」に私たちも与れますように。

丘の学び舎 その121

2022年11月14日 校長室より

先週の土曜日は、中学校の第二回入試説明会と小学校の転編入試説明会が行われました。秋晴れの中、紅葉の美しいキャンパスに皆様をお迎えすることができました。ご来校くださった方々に、小林聖心の教育をよりよくご理解いただくことができたのであれば幸いです。
今日の写真は、中学校通用口から見える景色です。まるで額縁の絵を見ているかのように、センター下から通用口に向かう、4重の扉の枠の向こうに、日々刻々と色合いを変えていく樹々を眺めることができます。この建物を設計したレーモンドは、すべてを見通して配置を考えていたのだろうと思わずにはいられません。小林聖心の子供たちは、こんな景色を、日々校内のあちらこちらで眺めながら、育っていきます。
説明会で必ずお話しすることの一つに、人間の成長には、目に見える力と目には見えない力の両方が大切である、ということがあります。学校の建物や自然環境は、見えない力を育むために重要な意味を持っています。四季の移ろいと、その時々の空気。木々の変化。鳥のさえずり。その中に佇む、校舎という空間。
現代は、どうしても、見える力、何かができるという具体的な資質に注目が集まります。もちろん、見える力は大いに必要です。聖心の教育も、実際に何かができるという力をしっかりと育みます。しかし、見えない力を忘れた見える力は、自己本位で、肝心なものを置き去りにして、進んでいってしまうような気がしてなりません。見えない力は大いなる存在である方につながることを通して、「いのち」の深みにおいて育まれていくのだろうと、秋一色のキャンパスを歩きながら考えています。

丘の学び舎 その120

2022年11月7日 校長室より

霜月が始まり、もう一週間です。教会では、死者の月に因み、諸聖人や神様のもとにかえられた家族、恩人、友人、そして亡くなられたすべての方々に心を寄せて祈ります。小林聖心では、先週StageⅠで、そして、今週はStageⅡとⅢで、追悼ミサが行われます。久しぶりの御ミサで、心を合わせて祈ります。
11月2日「死者の日」を、英語では「All Souls Day」といいます。「すべての魂の日」。ですから、この世におられない方々のためだけではありません。「魂」は、母の胎内に宿った時から、やがて目に見える体が消え去った後も、永遠に生き続けます。その意味で、生きているものと亡くなったものとの境界はありません。11月は、人間が「魂」なのだということを思い起こさせてくれます。
キャンパスの木々が色づきを見せ、まるで魂の故郷に帰ったかのような気持ちにさせてくれます。成長変化し、やがて朽ち果てて落ちていく。しかし、また他の木々の養分となって、命を繋いでいく葉っぱ。この命の営みの中で、神様にすべてを委ねて導かれる至福の境地を、魂は知っているのでしょう。「全ての葉は秋の樹木から舞い散りながら、私に至福をささやく。(Every leaf speaks bliss to me, fluttering from the autumn tree.)」これは、イギリスの小説家エミリー・ブロンテの言葉です。
一日一日、微妙な変化を見せてくれる紅葉を愛でながら、この100年の間、学校を守り導いてくださった方々との魂の交わりの時を過ごしたいと思います。そして、次の世代へと小林聖心の命を繋ぐことができるよう、神様の御許におられる方々の取次ぎを祈りたいと思います。

 

丘の学び舎 その190

2022年10月24日 校長室より

先週の土曜日、暑くもなく寒くもない体育祭日和の中、StageⅡ体育祭が行われました。5年生~8年生が学年対抗で競いました。12年一貫で、しかも4-4-4制で行事をつくっているからこその、充実した体育祭でした。
小学生と中学生では力の差があって可哀そう、と思われるかもしれませんが、この4学年は発達段階から考えれば、身体能力は拮抗しています。しかも、5年生ぐらいからは、学年として力を合わせて、お姉さんたちにチャレンジしたいという気持ちが芽生えるようになります。とても自然なことです。そして、チャレンジすることを通して、モデルであるお姉さんたちに近づこうとします。
更に、8年生がリーダーシップの経験を積めることは、とても大切なことです。中高6学年で競う時には考えられなかった成長の時となります。4学年をまとめながら体育祭の運営がスムーズにいくように、一生懸命準備して体育祭当日を迎えます。この数日だけでも、8年生はずいぶん成長しました。
5年生、6年生は本当によく頑張りました。得点はかなり接近していました。口々に「楽しかった」「お姉さんたちを負かすぐらいのところまでいった」と満足げに帰っていく子供たちを見送りながら、今回の経験が、やがてチャレンジを受ける側、そして、全体をリードする側に立った時につながることを願わずにはいられませんでした。
今年度の運動会・体育祭はすべて終わりました。どの体育祭でも、生徒が本気の姿を見せてくれました。本気で取り組むことは楽しいことです。小林聖心の体育行事の楽しさは、この本気から来ています。本気で競い合い、また、本気で協力して、一つの行事を作り上げていく。この経験が、子どもたちを成長に導いてくれます。

丘の学び舎 その189

2022年10月17日 校長室より

寒暖の差が激しいお天気が続いています。先週の土曜日は、夏を思わせる日差しの中、「聖心の丘であそぼう」第6回「草あそび・葉っぱあそびをしよう」が開催されました。
人と自然の博物館よりおいでいただいた小舘誓治先生に、楽しい植物の話を伺いながら、約20組の親子連れの近隣の皆様に、ロザリオヒルの自然を満喫していただくことができました。
先生のお話の中に、ドングリの話が出てきました。ドングリのドンは「団」で、「丸い」を意味しているのだそうです。ドングリは丸い栗なのです。ですから、落ちるとコロコロ転がります。普通の栗は落ちても転がりませんね。子どもたちは目を輝かせて、先生のお話に聞き入っていました。私は「なるほど・・・」と何か嬉しくなり、「どんぐり ころころ どんぶりこ」の歌を思い出していました。「ロザリオヒルでは、7種類のドングリを見つけることができますよ。」という先生のお話に、さらに驚きました。小林の森は、確かに植物の宝庫です。
草や葉っぱは、既成のゲームでは得ることのできない、新鮮な喜びを与えてくれます。触った感触を味わうことはとても大事です。五感をフルに使って楽しむことで、好奇心や探究心、そして、想像力が芽生えていきます。草や葉っぱに囲まれていたら、子どもは何時間でも遊ぶことができるのでしょう。
小林聖心の子供たちは、こんな自然に囲まれて生活しています。学校へ上ってくる時、途中で見つけた葉っぱや木の実、そして、ダンゴムシなどをしっかりと握りしめ、まるで宝物を見せるかのように、得意げに説明してくれます。子どもたちの心を豊かに育んでくれるこの環境を大切にするとともに、地域の皆様にも分かち合っていきたいと思います。

丘の学び舎 その188

2022年10月11日 校長室より

先週の土曜日、StageⅢ体育祭が行われました。お天気を心配した一週間でしたが、前日までの雨も止み、運動場も程よいコンディションで、熱中症の心配もいらない体育祭でした。
実力の拮抗した4学年が本気になって熱戦を繰り広げ、創意あふれる学年の創作ダンスは素晴らしい出来栄えでした。保護者の皆様にもたくさんの応援を頂きました。
何よりも素晴らしかったのは、見事な運営でした。ここまでの準備と、本番の12年生のリーダーシップを痛感しました。一つの種目が終わる度に、片づける生徒と、次の準備に入る生徒が機敏に動き、合間でジーッと待つようなところが一つもありませんでした。水曜日の予行の最後に、「今日の予行から土曜日の本番までに、どれ程、変えることができるか、それが皆さんの力の見せどころです。」と生徒を鼓舞した通りの変化を見ることができました。
今回の運営の背後には、9年生が昨年StageⅡ体育祭のリーダーとして、運営を任されていたという経験が大きく響いていると思います。すでに一度、全体をみて自分の役割を果たすということをやってきた経験が、9年生の動きをスムーズにし、ひいてはStageⅢ全体の運営をスムーズにしていたといえます。
2週間後に迫ったStageⅡ体育祭に向けて、8年生のリーダーたちが観戦し、しっかりとお姉さんたちの動きを学んでいました。こうして、上級生から下級生へと大事なことが受け継がれていくのでしょう。
子どもたちは、任され、やってみることを通して、確実に成長していきます。教師は、やらせてみる信頼感と、成功するよう陰から上手くサポートすることが求められているのだと思います。次は、2週間後のStageⅡ体育祭がとても楽しみです。

丘の学び舎 その187

2022年10月3日 校長室より

小学校は今日から、中高では先週の水曜日から後期が始まりました。そろそろ日中の暑さも終わりに近づいてきているようです。どこからともなく漂うキンモクセイの香りに、秋を感じます。
先週、中高の級長・副級長の任命式が終わりました。今日は、小学校で児童会や部長、学級委員の任命式がありました。さらに今週はSⅢ生徒会の任命式、来週はSⅡ生徒会の任命式と続きます。級長や副級長、また生徒会のみならず、各自、様々な委員会の役割を担い、責任を果たすことによって、大切なことを学んでいきます。今年の目標「Courage and Confidence」を、大いに発揮してほしいものです。
小林聖心では「任命式」をとても大切にしています。まさに「命を任せる」式です。創立99周年の年の後期、いよいよ100周年に向けての心構えの必要なこの後期。「小林聖心の命を皆さんに任せます。100周年を超えて繋いでいく命です。」と生徒たちに話しています。そして、「任務を忠実に果たせますように。よろしくお願いしますね。」という気持ちで、一人ひとりにバッジを手渡しています。
何かを任せられることによって、子どもたちは大きく成長します。そして、自分自身の「命」を「使って」、「使命」を生きることの喜びを学んでいきます。このことが聖心の教育の根本を作っているといっても過言ではありません。その背後にあるのは、私たち一人ひとりが、神様から望まれてこの世界に生を受けたかけがえのない命だということ、そして、その一人ひとりの命は、他者との交わり、分かち合いで豊かになっていくのだという、キリスト教の考えがあります。
10月はSⅢ(9~12年)、SⅡ(5~8年)の体育祭が行われます。どちらも学年対抗です。学年カラーのもとで心を合わせて挑みます。運営の仕事を担うことを通して、また、競技やダンスに力を尽くすことを通して、成長できますように。

丘の学び舎 その186

2022年9月26日 校長室より

先週の土曜日、保護者の皆様をお迎えして、小学校の合唱祭が行われましした。3年ぶり、リアルの合唱祭でした。講堂の広さの関係で、2部制となりましたが、Dホールでは同時にライブ配信を行いましたので、全学年ご覧いただくこともできました。
子どもたちの生き生きとした合唱に、大きな喜びをもらいました。1年ごとの成長が声に表れること、そして、やはり、Stage Iの1年生から4年生までと、Stage IIの5年生、6年生の間に、格段の成長が見られことを目の当たりにしました。
それぞれの学年が2曲ずつ発表しましたが、どの曲の歌詞にも深い意味が込められていて、じっと聴き入っていました。こうした歌を毎年歌いながら、歌詞に込められた意味を自分のものにすることができたら、どんなに豊かな世界が一人ひとりの中に広がっていくことでしょう。中でも、6年生が歌った、工藤直子作詞、横山潤子作曲の「ほほう」という曲に、深い感動を覚えました。

左の耳を すませば   遠い遠い昔の音が 聞こえる ・・・
右の耳を すませば   遥か遥か未来の音が 聞こえる・・・
まんまるく目を開けて   ぐるりと まわりを見回して
「ほほう!」 僕は鳴く
僕は「今」に いるんだな ほほう!
僕は「ここ」に いるんだな ほほう!
僕は「僕」で いるんだな ほほう!・・・
遠い遠いむかしと   遥か遥かな未来に はさまれて
僕は「僕」で いるんだな

森の知恵者フクロウが、何かに感心するかのように「ほほう」と鳴きながら、一人ひとりの存在の神秘を伝えてくれています。6年生は何を考えながら、この曲を歌っていたのでしょうか。
地球と生きものが歩んでいる途方もなく長い時の流れ。その過去と未来にはさまれて、「今」「ここ」にいる「わたし」。子どもたちがそんな「わたし」として、成長していきますように。

このページのトップへ