小林聖心女子学院ブログ 小林聖心
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丘の学び舎 その102

2020年12月28日 校長室より

学校の新館受付に飾ってあった大きなモミの木は片付けられ、盆栽が飾られました。いよいよお正月の雰囲気になってきました。日々の報道で発表される新規感染者数を聞いていると、とても心晴れやかに新年を迎えられる状況ではありませんが、「stay home」も悪くはありません。掃除や片付け、そして、ちょっと手間をかけた料理と、楽しみたいものです。
いったい今年は何という年だったのかしら(まだまだ過去形にはできませんが)、と振り返っていると、教皇フランシスコが今年書かれた回勅の言葉が心に響いてきました。「兄弟である皆さん」というタイトルの回勅です。その中で、このパンデミックは、「『わたしがこの文書を準備している最中に、思いがけない形で飛び込んできた。』しかしながら、この感染症による世界的な危機は、『誰も一人で自分を救えない』こと、そして、『わたしたち皆が兄弟』として『ただ一つの人類として夢見る』べき時がついにやって来たことを示した。」と述べておられます。
ウイルスに国境はないというのが、今回の体験です。私たちが想像している以上に、世界は繋がっているのだということを思い知らされ、情報共有や国際協調なくしてパンデミックは防げないということを全世界の人々が強く認識するようになりました。国境を容易に超えるウイルスとの闘いにおいて、人類が連帯すること以外に解決への道はないということに気づき始めているのです。確かにコロナがつくりだした状況は危機的ですが、危機は同時にチャンスでもあります。コロナ禍は歴史を前に進め、様々な地球的規模の課題に取り組むべく、「世界の連帯」を推し進めていくことになるのではないかと、心から期待しています。「『わたしたち皆が兄弟』として『ただ一つの人類として夢見る』べき時がついにやって来た」という教皇様のメッセージは、新年に向けての大きな希望です。
この一年、一人ひとり、それぞれの状況の中で、語り尽くせないほどの経験があったことと思います。それらすべてを神様が顧みてくださり、一つの人類の夢に向かって力強く歩ませてくださいますように。神様の豊かな祝福を、心よりお祈りしております。

クリスマス・ウィッシングを行いました。

2020年12月23日 中学校高等学校

クリスマスウィッシングは,小林聖心の伝統的なクリスマス行事です。

今年は新型コロナ感染症のため,中学生全員・高校生全員で集まってお祝いすることができないため、7年生から12年生まで、各学年ごとに講堂で実施しました。例年,高校生のウィッシングで行われている朗読と事前に写真撮影したタブロー(降誕劇)をスクリーンに投影する形で実施されました。生徒たちによる合唱もない静かなクリスマスウィッシングでしたが、「The Everlasting Light~さあ、ベツレヘムへ行こう~」というテーマのもと、皆で心を合わせて祈る一時となりました。

そして、生徒たちがプラクティス(沈黙の行)の実りとしてお捧げしたクリスマスプレゼントは,中学生分はフィリピンの幼稚園に,高校生分はプラン・インターナショナルジャパン・ガールズプロジェクトを通じて苦境にある途上国の女性に贈られます。私たちのささやかで慎ましい贈り物を飼い葉桶の中のイエスさまにお捧げし,2000年前の静かで慎ましい主の降誕に思いを馳せました。

 

 

丘の学び舎 その101

2020年12月21日 校長室より

12月21日
先週、小学校でも、中学校・高等学校でも、「Wishing」と呼ばれる聖心らしい行事を行い、救い主イエス・キリストのご降誕をお祝いしました。できる限り小さい単位で、ということで、小学校は高学年と低学年に分けて、中高は各学年でお祝いしました。新型コロナ感染防止のため、歌はもちろん歌えませんでした。キャロルやバザーといった公開行事も中止となりましたので、淋しいクリスマスではありましたが、児童・生徒一同心を込めて準備し、聖心らしい「Wishing」を作り上げることができたことは、本当に大きな喜びです。
しかし、考えてみれば、2000年以上前の最初のクリスマスは、華やかさや煌びやかさとはほど遠い出来事でした。当時、ベツレヘムは、人口登録のために訪れた旅人でごった返し、宿屋に泊まる場所がなかった若いマリアが、初めての子を馬小屋で産むことも、誰一人関心を示すようなできごとではなかったに違いありません。そんな普通の現実の生活の中に、神様は一人の幼子として人間の歴史の中に入ってきてくださったのです。そして、そのことに気づいたのは、社会の中で顧みられることのない素朴な羊飼いだけだったのです。そう考えると、いつもと異なると感じている今年の「Wishing」が、実は、とっても大切な経験であったことに気づかされます。
こんなに長い間救い主を待っていたのに・・・、こんな形で救い主が生まれるはずがないと、2000年以上前のユダヤの人々は考えていたのでしょう。現代の私たちも同じです。私たちを幸せにすることができるのは、これに違いないとか、あれでなければだめだとか、決めてかかっているのではないでしょうか。その自分たちで作り上げた期待がかえって本物の救いを見えにくくしてしまっているようです。新型コロナに翻弄された2020年。一刻も早くこの不安と閉塞感から抜け出したい一心の私たちが、本物の救い主を見失うことがありませんように。ひっそりと、目立たない形で、一人ひとりの現実の中に来てくださる救い主、インマヌエル(我々と共におられる神)をお迎えできるよう、目を覚ましていたいものです。もう、間近まで来ていてくださいます。

卒業生の話を伺いました。

2020年12月17日 中学校

9年生は12月10(木)のHRに、進路学習の一環として86回卒業生の先輩2名をお招きしました。

今年は感染症対策のため、Dホールを会場に間隔を開けて着席し、パネルディスカッションではなく、卒業生の講話を伺いました。
本校を卒業して7年、都市銀行と地元テレビ局で働いている2人から、現在の仕事につながる在学中の思い出や大学時代のお話、社会で求められる人物像やポストコロナを生きる9年生へのアドバイスなどを伺いました。

生徒たちは興味津々に、たくさんメモを取りながら熱心に話を聞いていました。
教室ではパソコンのmanaba機能を使って振り返りを行いました。

卒業生の2人が口をそろえて強調された「振り返りで深まる人間力」が、今の9年生にも受け継がれてほしいものです。

 

模擬国連のオンライン会議を行いました。

2020年12月17日 高等学校

12月3日(木)に、10年生から12年生が集まり、校内で模擬国連の会議をオンラインで実施しました。

模擬国連とは、学生が各国の大使になりきり、実際の国連の会議を模擬する活動です。1923年にハーバード大学で行われてから、世界ではかなりメジャーな競技として親しまれており、日本でも全国規模の大会が年に2度ほど行われるなど、とても注目されている競技です。

本校では、2年前に模擬国連同好会が設立されました。全国大会をはじめとした様々な会議に参加しており、週に一度、10年生と11年生、約三十名の同行会員が活動しています。

新型コロナウイルスの影響で、オフラインでの会議開催が難しくなり、様々な団体がオンライン開催の取り組みを始めている中、小林聖心でも11年生の生徒を中心に、オンライン模擬国連を開催いたしました。

10年生にとっては初めての会議となりましたが、11年生のペアと上手く連携して、それぞれが模擬国連の楽しさを発見してくれたようです。
11年生は残り二回の会議で引退となりますが、これからも模擬国連で学んだ積極的に学ぶ姿勢を忘れず、部員全員で成長していきたいとの思いを新たにしています。

 

クリスマス・ウィッシング

2020年12月16日 小学校

小学校では、イエス様のご降誕をお祝いするクリスマスウィッシングがありました。
去年までは5年生中心に聖劇をしていましたが、今年は感染防止のため、セリフのないタブロー(衣装を着けてポーズをとる手法)でした。創世記から始まり、イスラエルの人々と神との契約を経て、ベツレヘムでのすべての人の救世主としてのイエス・キリストの誕生までを、映像や語りをあわせて表しました。
最後には、代表がクリスマスの挨拶を行い、シスター棚瀬校長先生よりお言葉をいただきました。

丘の学び舎 その100

2020年12月14日 小学校校長室より

12月14日
学校は、冬休み前、最後の週となりました。今週は寒さも厳しくなってくるようです。
学校はどうなっていくのかしらと不安の多い学年始まりでしたが、なんとか無事にここまで来ることが出来ました。それにしても、この一年近くの学校の経験は、何と表現したらよいのでしょうか、未だに言葉が見つかりません。
小林聖心では、例年、11月~2月にかけて、12年生、6年生、9年生の順で、校長面接が続きます。6年前はこんなに小さかったのに・・・とか、3年前はこんな様子だったとか思い起こし、一人ひとりの成長を目の当たりにしながら、話に耳を傾けています。子供たちはそれぞれの発達段階に応じて、それぞれの時期に、成長・変容していくものです。
面接をしていると、ふと、聖書のみ言葉が浮かんできます。
「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、次に穂、そしてその穂には豊かな実ができる。」
(マルコによる福音書3章26~28節)
「わたし(パウロ)は植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。 ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。」(コリントの信徒への第一の手紙3章6,7節)
人間は「創造された共同創造者Created Co-Creator」であるともいわれるように、人間には、神の変容のみ業に能動的・積極的に参与する責任があります。しかし、その責任は、自分たちの思いで成長をコントロールすることではなく、よい土になるよう働きかけ、水を注ぐこと。そして、土がひとりでに実を結ぶのを信頼して待つことなのではないでしょうか。
待降節第三週目に入りました。イエス・キリストの降誕祭も間近に迫ってきています。「待つ」ことについて思いめぐらす日々を過ごしながら、「待つ」ことが苦手になった現代人が最も待てなくなっているのは、子育てにおける「待つ」ことかもしれない、との思いを新たにしています。

国際交流にむけて

2020年12月11日 小学校

6年生は、台北にある姉妹校と国際交流の計画を進めています。
聖心のある台北は、どんなところでどんな歴史があるのか調べてきました。
1月には、タブレットを使って、リモートで顔を合わせながら話をする予定です。
今日は、学級の中で互いにリモートミーティングの練習をしました。

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