高校生平和大使兵庫県選出の高校2年生二森さんが、中高朝礼で一連の活動について発表しました。全校生徒の前で一連の活動についてしっかりとしたことばで説明し、思いを伝えることができました。

***発表内容***
今日は、私が取り組んでいる高校生平和大使の活動についてご報告いたします。
高校生平和大使とは、1998年に被爆地である長崎で始まった活動で、核兵器廃絶と平和な世界の実現に向け、主に署名活動を行っています。また、兵庫県内各地で被爆者の方の体験を伺ったり、小中学生への平和学習を行ったりしています。私は第29代高校生平和大使兵庫県選出として、全国19都道府県から選出された21人と共に、6月に広島、8月に長崎を訪れました。広島では、被爆者の方からお話を伺ったり、平和祈念資料館を訪れたりして被爆の実相を学びました。長崎では、核兵器廃絶の為に活動する様々な方との対話を通し、一人の力は小さくても声を上げ続けることの大切さを学びました。そして、8月9日には平和祈念式典に参列し、核のない平和な世界に向けて活動を続けることを誓いました。
8月末から9月にかけて行われたジュネーブ派遣では、スイス・ジュネーブの国連欧州本部や様々な国際機関を訪れました。主な活動内容は、世界YWCA訪問、日本政府代表部表敬訪問、自立型致死兵器システム政府専門家会合傍聴、国連軍縮部訪問、ジュネーブ安全保障政策センター(GCSP)訪問、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)訪問、日本政府代表部主催レセプションへの参加です。そこで、全国の高校生が集めた、核兵器廃絶と平和な世界の実現をめざす高校生1万人署名を国連欧州本部に提出し、ヒロシマ・ナガサキ・ピースメッセンジャーとして被爆の実相を伝えることができました。その中で特に印象に残っている2つのことについてお話したいと思います。
1つ目は、国連軍縮部で行ったリレースピーチや、ジュネーブ安全保障政策センター(GCSP)で行ったプレゼンテーションにて、私の曾祖母、笑子の被爆体験を伝えたことです。曾祖母が被害を受けた黒い雨の具体的な実相と苦しみを、思いを込めて伝えることができました。軍縮部のレジンバル所長は、頷きながら私の話を丁寧に聞いて下さり、私たち高校生を若きリーダーとして尊重し、接して下さいました。GCSPの職員であるカタリナさんからは、笑子さんのことを忘れません、と言っていただきました。曾祖母が苦しくて語れなかった記憶を伝えることができ、とても嬉しかったです。そして、被爆の実相をストーリーとして伝えることは、世代や国を超えて共感してもらえるのだと確信し、これからも語り継いでいこうと決意しました。
2つ目は、GCSPでのディスカッションで、若者の平和への意識の低さや平和教育について議論を深めたことです。私は議論を通して、平和教育が十分に行われていないことを再認識しました。そして、職員のカタリナさんがおっしゃった、平和について学ぶ機会があっても耳を塞いでしまえば学べない、というお言葉に強く共感しました。私はこれまで学ぶきっかけを作るなど、機会を拡充することを大切に考えてきました。しかし、機会があっても、必ずしも相手が学ぼうとするとは限らないと気づきました。相手が知りたい、学びたい、と思えるように、平和と、私が関心のある音楽や演劇などの芸術と組み合わせ、新たな切り口から関心を持ってもらえる人を増やしていこうと思います。
私は高校生平和大使の活動を通し、平和や軍縮は、様々な分野から関われると気づきました。文学、政治経済、工学、医学、環境問題、ジェンダー平等、芸術など、全ての分野は平和な世界の実現に繋がるものであり、一人一人が平和の作り手です。しかし、忙しい日々の中で、「平和とは何か」と考える機会は多くありません。
「ビリョクだけどムリョクじゃない」これは、高校生平和大使のスローガンです。一人ひとりの力は小さくても、諦めずに続ければ、無力ではありません。私はこの言葉を胸に、これからも決して諦めず、熱意を持って高校生平和大使の活動に取り組んでいきます。そして、世界に目を向ける機会が日常的に多くある、この小林聖心で学ぶ生徒の皆さんや先生方と、「平和とは何か」という問いを共有し、共に考えていきたいです。ご清聴ありがとうございました。

【9月10日のブログ ジュネーブ派遣を終えて】
本校高校2年生の二森さんは、高校生平和大使兵庫県代表に選出され、8月末からスイス・ジュネーブの国連欧州本部へ訪問をしました。

***二森さんからのメッセージ***
はじめに、多くの方の支えのもと、無事に派遣を終えられたことに感謝申し上げます。私はこの派遣期間中、各訪問先でたくさんのことを学びました。その中で特に印象に残っている2つのことについて述べたいと思います。
1つ目は、軍縮部で行ったリレースピーチや、GCSPでのプレゼンテーションにて、私の曾祖母、笑子の被爆体験を伝えたことです。曾祖母が被害を受けた黒い雨の具体的な実相と苦しみを、思いを込めて伝えることができました。軍縮部のレジンバル所長は、頷きながら私の話を丁寧に聞いて下さり、私たち高校生を若きリーダーとして尊重し、接して下さいました。GCSPの職員であるカタリナさんからは、笑子さんのことを忘れません、と言っていただきました。曾祖母が苦しくて語れなかった記憶を伝えることができ、とても嬉しかったです。そして、被爆の実相をストーリーとして伝えることは、世代や国を超えて共感してもらえるのだと確信し、これからも語り継いでいこうと決意しました。
2つ目は、GCSPでのディスカッションで、若者の平和への意識の低さや平和教育について議論を深めたことです。私の質問に回答してくださった職員のカタリナさんは、ご自身の経験について語られた後、日本の他の若者は平和についてどう考えているのか、と私に質問されました。私は、若者に関心を持ってもらうことは難しいと思うと答えた上で、これから行っていきたい活動を伝えました。議論を深めることができたのは、事前学習でGCSPの活動について理解を深め、具体的に質問できたからだと思います。事前学習や質問の添削は、支援者や大学生OPの方々にたくさんご協力いただきました。ありがとうございました。そして、回答時にカタリナさんが仰った、平和について学ぶ機会があっても耳を塞いでしまえば学べない、というお言葉に強く共感しました。私はこれまで学ぶきっかけを作るなど、機会を拡充することを大切に考えてきました。しかし、機会があっても、必ずしも相手が学ぼうとするとは限らないと気づきました。相手が知りたい、学びたい、と思えるように、平和と、私が関心のある音楽や演劇などの芸術と組み合わせ、新たな切り口から関心を持ってもらえる人を増やしていこうと思いました。
最後になりましたが、大学生サポーターの皆さん、たくさん支えていただきありがとうございました。そして、第29代の仲間と協力し合い、良きチームワークで共に活動に取り組めたことを誇りに思います。今回の派遣で学んだことを糧に、決して諦めず、熱意を持って活動に取り組んでいきます。ありがとうございました。
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写真:高校生平和大使派遣委員会提供
【6月8日のブログ】
核兵器廃絶を訴える「高校生平和大使」は、1998年に長崎県長崎市で始まり、今年で第29代となります。本校高校2年生二森美和さんが兵庫県選出となり、活動を始めました。
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***二森さんからのメッセージ***
私は昨年から高校生平和大使に参加し、被爆者の方の壮絶な体験を伺ってきました。原爆や戦争は過去の出来事ではなく、今なお苦しんでいる方々がいる、現在の問題であると実感しました。平和とは、誰もが安心して笑顔で暮らせる日常であり、その実現には悲惨な過去と向き合うことが必要です。
今年度は兵庫県選出として、広島・長崎で行われる平和研修への参加や、国連欧州本部(スイス/ジュネーブ)を訪れて平和を訴えます。また、兵庫県内各地で、被爆者の方の体験を伺ったり、小学生への平和学習を行ったりする予定です。
私は「声をあげ、対話する」ことを目標に、戦争被爆国である日本の高校生、そして被爆四世として、仲間と共に核兵器も戦争もない平和な世界の実現を訴えていきます。



